随筆・ザの人

じんこつっ!

吉田さんと二見さんと星乃さんでできています。

Category:卒論
この随筆は、新しい「ザの人」にて絶賛新連載中です。
随筆の続きはこちら

08/11/15(Sat)

Category:卒論

メモ

ctime: 08/11/15(Sat) 20:41
怒りと復讐
「怒り」は感情、「復讐」は行為

ホメロス『イリアス』はアキレウスの怒りが一行目からはじまる
しかしその怒りは、女を奪ったアガメムノンに対する復讐として現れる
ウェルギリウス『アエネイス』ではアエネアスは復讐など考えもつかない
ただし彼に裏切られたディドが憤怒に燃え、復讐を誓って呪いをかける
この二大叙事詩に共通するものをルカヌスも受け継いでいる?

08/11/11(Tue)

Category:卒論

卒論談義

ctime: 08/11/11(Tue) 21:54
ゼミの教授といろいろな話をしてきた。

教授も翻訳を読み始めてくださったらしい。それなので、作品についていろいろな話ができた。
まず、ものすごく暗い物語だということは一致した。グロテスクで、過剰で、救いがない。またそれに関連して、やっぱりトゥキュディデスと認識が似ているという点も一致。敗者の文学であり、内乱の文学、自壊の文学というわけだ。
さらに、こういう絶望的な物語は日本人も好きそうだなという話から、いわゆる反戦文学の変奏曲にも見えてくる、また無常感すら感じさせるという話もした。話の中であがってきたのは、大岡昇平『レイテ戦記』『野火』、鴨長明『方丈記』堀田善衛『方丈記私記』など。
もちろん、ルカヌスは平和主義者なんかじゃなく、「内乱を起こすくらいなら、世界中と戦争させろみたい」なことを書いている。まあこれは古代人だから当然だし、戦争を否定なんかしていたら現体制も覆せないわけだし、非難には全く当たらない。むしろルカヌスに平和主義を読み取る方が、恣意的な読解にあたるくらいだ。
とはいえ、内乱の悲惨さは、どれだけ中立的立場に立とうと、どれだけ言及する範囲を狭めても、伝わってくる。これだけは間違いない。

制度の転換・敗戦―戦後日本と帝政ローマ
戦争の残酷さ・敗者の視点―反戦文学・戦後文学・トゥキュディデス

卒論のテーマについてもいろいろ話した。
作品中のルカヌスが漏らす怒り(ネロへの、カエサルへの行いへの)とストア思想との関係、または何度も出てくるエリニュスとの関係を論じようと思っていた。
ストア派に足を突っ込むと大変なことになる、とは言われた。とりあえずやりやすいものからやっていけばいい、とも言われた。実際、翻訳だけで十分な程度に評価してもらえるそうだ。
ただ、改めて整理して本文を読んでいくと、エリニュスの話には強く惹かれる。この物語は、ある意味で復讐の連鎖が最高潮に達したところに位置する物語だからだ。

あとは雑談ながらも、大切な話。
・長短の引き方、表記の確認は非常に難しい。古いが、Papeの全三巻希独辞典にはほとんど完璧に載っている
・topographical dictionaryがすごく役に立つ
http://penelope.uchicago.edu/Thayer/E/Gazetteer/Places/Europe/Italy/Lazio/Roma/Rome/_Texts/PLATOP*/home*.html
これか?
・「テュ」と「トゥ」の使い分け
Tyは「テュ」(テュロス・テュレなど)、Thyは「テュ」(テュエステースなど)、Tuは「トゥ」(トゥッリウス・トゥスクルムなど)、ただし「トゥキュディデス」はThou……このときはThouの部分がTheosと関連していることに注意
基本的には「テュ」

08/11/06(Thu)

Category:卒論

哲学方向

ctime: 08/11/06(Thu) 22:30
セネカ『道徳論集』を借りてみる。
ルカヌスの表現にはストア哲学的なものが頻出するので、リファレンスとして使えるかなあと思った。親族だから、表現も教養も似通っているだろうし、セネカの方向からルカヌスに光を当てるといろいろ読めるんだろうなあ。
……本気でやるとおそろしく時間がかかる作業だし、いつのまにかストア哲学に足を突っ込んでしまうのは怖いんだけど。

08/10/27(Mon)

Category:卒論

アッピアノス

ctime: 08/10/27(Mon) 15:22
論文を読みながら各パラグラフごとにパソコンでメモっていけば、ちょっとした日本語の要約ができるかな、と思いついた。洋書だとどれだけ重要なことが書いていても、どこにあったか読み返すだけでも大変だから、この辺にあるという見当をつけておくためには役に立つだろう。
今度やってみよう。

Penguinのアッピアノスが届いた。ちょっとIntroductionだけでも読んでみたら、いろいろおもしろいことが書いてある。
アッピアノスはアレクサンドリアからやってきた外国人で、ハドリアヌスとアントニウス・ピウスの間に生きたらしい。ポリュビオスと同じように「なぜローマはこれほど大きくなったか」という問題意識を持っていた。
アッピアノスも「Fate」(daimon/daimonion)を重視していたらしい―特にカエサルとポンペイウスの内乱
それどころか" this was arranged by God to bring into being the imperial power that now embraces all(BC2.71)"とまで書く。となると、「運命」の描写においてルカヌスとも似ているが、アッピアノスは古代人としてその「運命」の背後に神々があると書いているのだろうか。

08/10/25(Sat)

Category:卒論

卒論について考えていること―ルカヌスとトゥキュディデス

ctime: 08/10/25(Sat) 1:32
メモ程度に書き散らそう。

ルカヌスとトゥキュディデス―内乱の敗者として記述(叙述)した
トゥキュディデスには静かな「なぜ敗れた?」という感情と、それを意識的に覆い隠そうとしているかのような、緻密で冷静な観察と分析
ルカヌスには、ほとんど悲鳴にも近い「なんでこの世界はこうなった!」という怒りがまず最初にあり、「かくて此の世は破滅に至る!」と、マゾヒズムにも近いような意識に満ちた激しい言葉が続く

トゥキュディデスにとっては偶然がすべて、宿命はなし
ルカヌスにとっては「Fortuna」と「Fata」がすべての元凶、どちらも大文字で具体化されているが、どうだろうか、神とみていいのだろうか。Fataは「運命」「宿命」が本義だが、「死」「破滅」とリンクづけられている。Fortunaはそのまま「運命」、気まぐれな女神として古代人にはおなじみ
逆にルカヌスには偶然は存在したか? 神々が介入しない、というのはルカヌスの叙事詩にも強く見られる特徴なのに、「Fortuna」と「Fata」はどう説明する?

歴史家と詩人の違い
老人と若者の違い
ギリシア語とラテン語の違い
物語の時間的近さ
作家のパーソナリティ

いろいろ考えているが、トゥキュディデスと取り上げては地獄を見るのは目に見えている。といって、カエサルと比較したところで不毛。カエサルは戦争のことしか書いていない。
結局「ルカヌスは内乱をどう見て、どう叙述したか?」というのが妥当な取り上げ方になるのだろうか。正直「女性」というのは断片的すぎ、結論も「男の影である」くらいのことしか見えてこない。

08/10/14(Tue)

Category:卒論

Dio's Roman History, BOOKS XLII,2

ctime: 08/10/14(Tue) 18:46
そういうわけで、事前にいかなることも考えなかったためにポンペイウスもむき出しで無防備と見られたが、そうはいっても、予防処置を取ってさえいれば、おそらく問題なく素早くすべてを取り戻し得ただろう。というのも彼の側には数多くの兵士が生き残っており、あまり重要ではないほかの兵力も残っていたからだ。とりわけ、彼は膨大な金銭を保有しあらゆる海の支配者であり、こちら(ヨーロッパ)側もアシア側も、彼の不幸の時にさえ、諸都市は彼になびいたのだ。
しかし実際は、(軍隊の)最も信頼していた部分の状況が悪くなったために、これらの資源の何一つも役に立たなかったそのとき、彼をつかんだ恐怖に動かされて宿営を直ちに去り、数人の付き添いとともにラリッサへ逃れた。
彼は住民が入城するように勧めたにもかかわらず、この事態の批判を受けることを恐れて都市に入らなかったが、彼らには勝者に付くよう命じ、自ら蓄えを提供し、海に降り、商船で、妻コルネリアと息子セクストゥスのいるレスボスへ出港した。
彼らを船に乗せた後、彼はミュティレネにも入らず、国王プトレマイオスから援軍を確保できるのではと期待してエジプトへと出発した。その王は、ガビニウスの仲介を経てその手で王国を取り戻してやり、それのお返しにポンペイウスの援軍に艦隊を送ったプトレマイオスの息子であった。
実は私は、ポンペイウスがパルティア人のもとに逃れることさえ考えたと聞いているが、その話は信じられない。なぜならクラッススが彼らに侵略をして以来ずっと、この民族はローマ人を憎んでいたからであり、特にポンペイウスはクラッススの関係者であり、援助を求めてやってきたポンペイウスの使者を、元老院議員であったというのに監禁さえしたためだ。
そしてポンペイウスは、成功を満喫している間に得られなかったもののために、不幸なときに、最も憎い敵に対して嘆願者となることには、決して耐えられないだろう。

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卒論に必要なので、ちょっと翻訳してみた。必要なのは一部分なので、ギリシア語と比べてはいないけど、意味はほとんどそのままだと思う。
場面は、ポンペイウスがファルサロスの決戦で敗れて、落ち延びるところ。これを翻訳することによって、ルカヌスの描写がどれだけ創作かを推測することができる。

07/11/13(Tue)

Category:卒論

ヘカテー

ctime: 07/11/13(Tue) 23:10
久しぶりに翻訳に復帰。
ルカヌスを翻訳中。
こんな部分がある。シャナ好きにはやや興味深い部分だろう。

「エウメニデスに、ステュクスに、罪を犯した者への罰に、そして数え切れない世界を破滅に巻き込もうとするカオス(に願う)、私は、神々の死が緩やかゆえに長年の痛みに煩う、地下の支配者に、ステュクスに、いかなるテッサリアの魔女も入られぬエリュシウムに、母を天空に遠ざけたペルセフォネーに、そして我々の保護者の第三の化身、死者と私に言葉無しでの談話を許すヘカテーに、嘆願する。私は、人肉をどん欲な猟犬に投げる無限のすみかの番人に、二度目の命の糸を紡がねばならぬ姉妹に、死者を私の所に戻すのにオールをこいで腕が疲れ切った、熱い川の古くからの渡し人に願う、私の願いを聞き入れ給え。もしもあなた方へ宛てたこれらの口が恐怖と汚れに十分満ちていれば、もしも私が人肉を絶っている時にこれらの呪文を一度も唱えなかったならば、もしも私が神格が宿った胸をしばしば切り取ってきて、温かな脳髄で洗ったならば。もしも頭部と内臓があなた方の大皿に乗せられた時に唖が住んでいたら、その時は私の祈願に従うよう。私はタルタルスの深みに潜んで長い間暗闇に慣れてきた者ではなく、ちょうど下ってきて後ろに光を残してきた魂を求めている。彼は薄暗いオルクス(Orci)へ導く亀裂の入り口にまだ居残っており、彼は私の呪文に今は従うが、すぐに影の方に行ってしまうだろう。最近まで我々の側にあったポンペイウス側の亡霊に、ポンペイウスの息子に対してすべての未来を語らせよ、もしもあなた方に内乱に関する利益があるならば」

ヘカテーが出ています。本来ヘカテーというのは、三つの身体を持ち、いろんな効能がある女神なんですね。冥界の女神とも言われますが、富・雄弁・勝利・馬術・漁業・家畜・育児など何でも助けてくれます。

07/11/06(Tue)

Category:卒論

メモ「ローマ共和政偉人伝」

ctime: 07/11/06(Tue) 14:38
http://www.waseda.jp/prj-med_inst/bulletin/bull04j.html

Sexti Aurelii Victoris Liber de Caesaribus : praecedunt origo gentis Romanae et liber de viris illustribus urbis Romae, subsequitur epitome de Caesaribus / recensuit Fr. Pichlmayr
まさかこの本が横浜国立大学に眠っているとは思わなかった……。トイプナーのプルタルコスといい、なんだか吉村忠典名誉教授と同じ道をたどっているような気がする。
ゴールは少し違うんだけどね。

07/11/05(Mon)

Category:卒論

今日の作業

ctime: 07/11/05(Mon) 19:06
作業時間は短いけど、異様に疲れた。

ファルサルスの戦いに関するあらゆる古代文献に描かれている描写を全部まとめた。
まとめるだけで、ひとつの事実に対する描写がいかに異なるかが分かる。どう異なるかというのは、「著者の視点に従って描写されている」とか「怪奇現象ばかり集めたがる」とか「データ的な戦果よりも歴史の流れを捕らえている」とか、そういうこと。どんな凡庸な著者でも考えをもって描写しているので、役に立たないような文献でも意外と面白い。

だけど、私の本筋はルカヌスとカエサル系歴史描写との比較。本当に描きたいことからは少し離れているかもしれないけれど、こういう卒論というのは遠回りしてこそうまくいく。

……まあ、就職しないで何をやってるんだ、って感じか。

07/10/26(Fri)

Category:卒論

今日やってたこと

ctime: 07/10/26(Fri) 23:53
ひたすら図書館で文学史あさり。

卒論のテーマが「カエサルとルカヌス」とともに「文学と歴史」であり、文学史でもあるので、他の作家のことを調べる必要が出てきた。
そこで使ったのが、"The Oxford Companion to Classical Literature"。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/019860081X/
分量もちょうどよく、一部の固有名詞も扱ってくれるので、手元に置くには一番いい「古典文学事典」。

これでようやく、内乱に関する文学史の系統がつかめてきた。
カエサルの描写とリウィウスの描写がどれだけ重複するか、そしてリウィウスにあってカエサルにない描写がどれだけルカヌスに影響を与えてきたかというのは全く想像もつかないけれど、新約聖書の時に学んだ文献学的手法がヒントになって、アバウトな図式を描けそうだ。エピソードの配置や内容によって区分すれば、ある程度のイメージはわくはず。

07/10/20(Sat)

Category:卒論

Lucius Annaeus Seneca, De Ira, 2.23.4

ctime: 07/10/20(Sat) 23:46
セネカ「怒りについて」。テキストは L. Annaei Senecae Dialogorum Libri Duodecim, Reynolds, L. D. (ed.), 1977, OCT。どういうわけかLoebの翻訳も日本語訳も大学になかったので、誤訳にビクビクしながらOCTから翻訳。

 内乱の勝利を最も寛容に用いたガイウス・カエサルも、このことをしたのである。グナエウス・ポンペイウス宛に送られた、それらから人々が対立的か中立的かどちら側であったかが知られるような手紙の箱を手に入れた時、彼は燃やしてしまった。平静のまま怒ることに慣れていたといっても、それでも(それも)できないことを彼はむしろ望んだのである。好意を与えた側である彼は、おのおのがなにを誤ったか知らないことを最も喜ばしいことと考えたのである。

一番最後の文章が実は微妙。
gratissimum putavit genus veniae nescire quid quisque peccasset.
これをどう取るか、ねえ。
たぶん翻訳があるので、それを使ってもいいんだけど。
Category:卒論

Marcus Tullius Cicero, Pro Q. Ligario Oratio,19

ctime: 07/10/20(Sat) 22:33
 私には全く、カエサルよ、私に対する君のこれほど大きな貢献は見られない、もしも私が自らを、君に保護してもらっている犯罪者と見るのなら。そしてどれほど君が国家によく貢献することができるだろう、君がこれほど多くの犯人を手つかずのままで楽しませてしておかなかったなら? これが不和であると、カエサルよ、はじめに君は分かっていた、戦ではなく、敵意のある憎しみでもなく、市民同士の紛争であり、双方とも心臓部に国民の幸福を据えて、しかし個々には党派心や情熱が働いて全体の関心からそれていった。指導者の名声はほぼ等しく、従う者はおそらくそれほど等しくない。そのころことは決めがたかった、どちら側にも賛成できる何かがあるかという理由で。今や、優れているのはどちらか判断されねばならぬ、また神々がどちらを援助するかも。しかし我々が君の寛容を認知した後、誰がその勝利を高く評価しないだろうか、それにおいて誰も武器を取ることなしには殺さないという?

なんだか微妙。自信がない。とりあえずReclam版、"Drei Reden vor Caesar", Marion Giebal,1999,reprinted 2005とLoeb版、OCTとを比較してみた。Reclamの訳文もLoebの訳文も微妙、意訳しがち。
Category:卒論

卒論作業中

ctime: 07/10/20(Sat) 13:48
ラテン語でギリシアの地名や固有名詞を表現しようとすると、ラテン語流の語尾になる。もちろん逆も起こる。
当たり前の話だけど、これがくせものだ。

今卒論で扱っている文献は、ラテン語とギリシア語なので、同じ単語でも別の形をして現れる。「カエサル(Caesar)」と「カイサル(Καισαρ)」、「ポンペーイウス(Pompeius)」と「ポンペーイオス(Πομπηιοσ)」、ある程度の対応関係にはなるけれど、厳密に同定されない場合もある。
カエサルやポンペイウスだったら、ラテン語が先でギリシア語が後だと分かる。しかし、ギリシア語をラテン語風に筆写した人名や地名が出てくる。というか、ラテン語の文献がメインなのでそっちの方が多い。
その中の一つが「デュラッキウム」(Dyrrhachium)。ギリシア語では「デュラッキオン(Δυρραχιον)」だけど、前者は前者で活用をするので、聞いたことのない地名が活用したとき、原型が何かがそもそもわからず、辞書で引きようもなく、ラテン語から来たのかギリシア語から来たのかが分からないと、日本語で「デュラッキウム」にしようか「デュラッキオン」にしようかと迷ってしまう。
ラテン語の叙事詩だからそのままラテン語系に……とすればいいのかもしれないけど、今度はギリシア語文献との整合性がとれない。経験がないと、ギリシア語とラテン語の対応関係で混乱してしまう。
そういうとき、多くの翻訳者は「基本的には原語、ただし有名な固有名詞は慣用」という方法をとっている。ところがこれだと「どこまでこれが有名か」で躓く。「デュラッキウム」と「デュラッキオン」はどっちが有名かとか、そういうことだ。
もちろん、どちらが原語かで確定できればいいんだけど、ルカヌスに頻出するよく分からない固有名詞をいちいち調べるのは苦痛だ。

……誰かヒントをくれ。

07/10/15(Mon)

Category:卒論

M. Annaeus Lucanus, De Bello Civili, 7.214-459

ctime: 07/10/15(Mon) 0:07
 軍隊が、彼らに当たる日光に照らされて降りてくると、武器の輝きがすべての丘を満たした。彼らは適当に平地へ出て行くわけではなかった。運命の下った軍隊は、決められた計画に従って配置されていた。レントゥルスよ、お前は二個軍団を率いて左翼を指揮した―もっとも戦にふさわしい第一軍団と、第四軍団である。お前に対して、敵の右翼はドミティウスに託されていた、勇敢ではあったが不幸の星の下にある戦士である。中央の主力は彼らの将軍スキピオがキリキアから連れてきた勇敢な男たちの密集隊形であった。スキピオはここでは一兵士であり、後にリビュアで手にする指揮権は持っていなかった。そしてエニペウスの支流とあふれた水たまりのそばに、カッパドキアの騎兵が丘に並び、ポントスの騎兵も手綱を緩めて配置されていた。乾いた側はほとんどが属領君主と諸王と有力者によって占められたが、彼ら紫をまとう者すべては、ローマの鋼のもとに屈していた。向こう側へリビュアはヌミディア人を送り、クレタはキュドニア人を送った。そこからイトゥラエ人の矢が逃走を制し、そこから荒々しいガリア人がよく知られている敵対者に向かってゆく。そしてヒスパニア人は戦に楯を振りかざす。マグヌスよ、お前は従属させられた人民の征服者の地位を奪え、そして一日であらゆる人類の血を流して、未来の凱旋式の手段を滅ぼしてしまえ!234
この日にはカエサルが持ち場を離れており、穀物畑を略奪しようと出撃しそうであった、急に彼が敵が同じ高さの平原に降りてくるのを見たときは。彼(ポンペイウス)の前には何千回も願ったまたとない機会が横たわっていたのである―つまり、すべての運命を最後の一振りにかける機会が。遅延癖と王者らしい玉座を求めて燃え上がっていたため、彼はこの内乱の短い間を、やるには長くかかりすぎる罪であるとひどく嫌い始めていた。しかし彼が敵の試練と決定的な戦が近付いていたことを分かったとき、そして彼が、運命が持ち込まねばならない壊滅が終わりに向けてうなずいたのを感じた時、一瞬で終わる殺戮を求める荒々しい欲求でさえ一時はやる気のなさを負かしたのである。彼の心は、ずっと勝利を断言するつもりでずっといたが、今やためらった。どうして恐れがあり得ようか、自らの経歴を見たとき? どうして希望が、マグヌスのそれを考えたとき? 恐れが沈み、剛胆さが現れた。―彼の兵士を鼓舞するにはよりよい手段である。「世界の征服者よ、私の運命が頼る者よ、兵士たちよ、諸君が何度も願った戦の機会がやってきた。もう祈る者はいらぬ、今や剣で運命を呼ばねばならぬ。カエサルの偉大さを決めるのは諸君らである。この日が来た、私が覚えているように、諸君は私にルビコンの水にかけて誓ったが、武器を取るようにと我らを励ますこの日が、凱旋帰国を延期したことを打ち消す日が。この日は決めねばならぬ、運命の証拠に従って、戦ってきた二つの軍隊のうちのどちらに正義があるのか。この戦は敗れた者の罪を宣言する。もしも私を守ろうとして諸君らが、火と剣をもって祖国を攻めたなら、今日は激しく戦って、剣は罪を払うのに使え。私がもはや戦の審判でないなら、どの腕も清らかではない。かかっているのは私だけの運命ではない。私の祈りは諸君のために―諸君らの自由のために、全世界に法を運ぶこと。 私自らの願いは私人の暮らしに戻ること、普通のトガをまとうこと、一市民の役割を担うことである。しかし諸君は万能だから、私はいかなる立場も受けよう。諸君らは王の力、私のは不名誉だ。そして多くの血を流して諸君らは世界の希望を求めるだろう。諸君らはギリシアのギュムナシオンから登録された軍隊に出会おう、格技場での訓練に弱められ、武器の重さを支えることもほとんどできない奴らに。それとも、乱れた戦列に混ざった言語の野蛮人、ラッパの音や自分たちの進軍の音にさえも耐えられないだろう奴らに。諸君らのうち数人は手をローマ人に対して振りかざすだろう。戦のほとんどは世界を劣った民族(の血)で病ませ、ローマの敵を足蹴にして壊滅させるだろう。これらの臆病な民族と悪名高き王国を貫いて、諸君らの道を作れ。世界中を鋼の一撃で平伏させよ。幾度となくポンペイウスの凱旋式の車に従ってローマまでついてきたすべての民族は、(倒したところで)凱旋式一回の価値さえもないことを示せ。敵対する側の間でのアルメニア人の心配はローマで力を持つだろうか? それとも、いかなる野蛮人もマグヌスをイタリアに据えるために一滴でも血を流そうか? 彼らはすべてのローマ人を憎み、その支配に腹を立ている。しかし彼らは彼らの知るほとんどのローマ人を憎んでいる。しかし運命は私を自分の兵士たちの手に託した。ガリアでの多くの戦は私を彼らの勇敢さの十分な証人とした。そして槍が空を揺れながら飛んでゆくとき、私は飛んでくる武器の名前を呼んで過たないだろう(つまり、動体視力と度胸)。しかしもしも私が諸君らの指導者が一度も過ちをしていないという証拠を見るなら―つまり荒々しい表情と脅迫的なまなざしを―、勝利は諸君らのものである。私が思うに、血の川を、足下には踏みにじられた王とずたずたに切り裂かれた元老員議員の死体が一緒に、そして限りなき大虐殺にまみれたすべての人民を見ることになる。しかし私はこの私の運命の道を延ばす、私のこれらの言葉が諸君らを引き留めるなら―騒動に熱狂した諸君らを。戦を延ばしたことを許してほしい。私の希望は私を不安にしているのだ。私は一度も、神々がこれほど近くにいてこれほど多く与えようとしているのを見たことがない。ほんの少し土地から離れているだけで我々が願ったことすべてから我々を割いてゆくのだ。私は戦が終わったとき、今は諸人民や諸王に属しているすべてを与える力を持つであろう者である。天に何の変化が起ころうか、天空の何の星が変化を受けようか、テッサリアに神々がこれほどの特権を与えたことで? 今日、戦の報酬か罰か、どちらかが諸君らの前にある。カエサルに用意された十字架と鎖を思い描け、演壇に掛かる私の首と、埋葬されない四肢を思い描け。サエプタの罪と閉ざされたマルスの野で戦われた戦を思い描け。その将軍は、彼に対して我々が戦を続けたが、スッラの弟子だ。私の心配は諸君らにある。私は自分のために、自殺によって危険なく勝ちたい。もしも誰かが、敵が負かされる前に振り返れば、彼は私が自ら臓器を突き刺したとわかるだろう。神々よ、その注意が地上でのローマの苦痛によって天空から離れて、勝利を、きっと無慈悲な剣を負けた敵に対して振り下ろそうなどとは思わない者に、そしてその友人が彼と戦うことによって罪を犯すとは信じられない者に与えてくださるよう。ポンペイウスが戦列を、諸君らの勇気が動く力を持たないような狭い空間にしっかり固定するとき、彼はその剣を血の川で飽かすだろう!しかしこれは諸君らへの祈りであるが、兵士たちよ、誰も敵の背中を打ってはいけない、そして逃亡者は同国人なのだから許さなければならない。しかし彼らの武器が輝くときには、自然の感情に流されず、真っ正面にいる敵の先祖のことを考えぬこと、そうすれば決心が弱まるから、剣で敬愛を求めるような顔を切り裂け。もしくは、もしも敵の攻撃が親族の絆には何の害も及ぼさないなら、まだ知らない敵の死の埋め合わせを求めさせよ。あたかもそれが罪であるかのように。遅滞なく防壁を打ち壊して残骸で壕を埋めよ、それで軍隊はいっぱいの戦列と堅い陣形で進入することができる。諸君らの陣営のことは心配するな。壊滅させられた軍隊がやってくる防壁の背後にその場所を見つけよう」
カエサルがほとんど話し終えたところで、おのおのが命じられた任務に向かった。彼らは急いで武装して食事をとった。勝利の前兆を受け、彼らは防備を壊して、命じられた陣形もなく急ぎ、指揮官の方でも戦術なく、皆が運命へ向かっていった。運命の戦場へ率いられた各人がマグヌスの親族であったなら、そして各人に都を支配する野心があれば、彼らはこれほどの大急ぎで戦に急ぐこともなかっただろうに。336
 ポンペイウスが、戦を遅滞なく進めようと自分に対してまっすぐに進んでくる敵軍を認め、これが優れた者たちによって定められた日であると気がついたとき、彼は心が凍るような思いで、呆然とした。そしてこれほど偉大な将軍に、こうして戦闘を恐れるべきであるという悪い予兆があった。しかしすぐに、彼は恐れを押さえ込み、背の高い戦馬に乗って戦線中を回った。彼はこう言う、「諸君らの勇気が求める日を、諸君らが求めた内乱の終わりが、ここにある。全力で挑め。最後にはひとつの武力のみが勝る。ひとつの時があらゆる民族をそこに引き込む。もしも誰かが祖国を慕い愛するなら、妻や子供や愛しい人を残したならば、剣で求めよ。神はすべての賞を野の真ん中に置きたもうた。よりよい機会が神の好意を期待するようにと命じる。それは御自ら武器をカエサルの心臓へ導いてくれようし、御自らが彼の血によってローマの法を認めんとするであろう。もし私の親族の方に世界中の支配を与えようとするのなら、その力でこの老いた私を墓場へとせかしただろうが、ポンペイウスを軍を率いるために生かしたのだから、確かに神々は人民と都に激怒していなかったのである。勝利を確保するあらゆることを、ともにやろう。名声ある男たちは危険に喜んで直面し、我らの軍隊には過去の神々しい姿が宿るのである。自らの命を犠牲にしたクリウスらとカミッルスらデキウスらが、運命が彼らを現代に与えて大地に戻してくれるなら、我々の側に立つだろう。はるか東の民族と数え切れない都市がここに集まり、これまでにないほどの戦に加わった。我々は全世界を一時に用いるのだ。我々の軍隊は南北の端まで、黄道帯の境の中に閉ざされて住むあらゆる男がいる。我々は両翼で取り囲んで敵軍すべてを包囲することがないだろうか? 勝利には数人の戦士が必要である。一方叫ぶことが、これほど多くの大群衆のなしえることである。カエサル軍は我々が相手するには少なすぎる。ローマの母たちが都市の防壁の頂上で髪を振り乱してもたれかかって、戦へ促すのを思い浮かべよ。老いた元老員議員が、その年のせいで陣営を追うことができなくなったが、灰色の髪を諸君らの足に垂らして、またローマが、主人のことを恐れて、諸君らにやってくるのを思い浮かべよ。一方は喜んで生まれてくるが、他方は喜んで死ぬだろう、自由が。もしもこれらのこれほどの演説の後にポンペイウスの居場所があれば、私の妻や息子とともに、私は諸君らの足下にひれ伏そう、もしも命令の権威に泥を塗ることなくできるのならば。諸君らが勝たなければ、マグヌスは、追放者として、近親に嘲笑され、諸君らからは不名誉を受け、私は最悪のみじめさから逃れたいと祈る。つまり、寄る年波の中で恥じらい、老いてからくびきを受けることを学ぶことから」
彼の演説は悲しみに満ちたもので、その声に彼らは勇気を燃やし、武勇が高まり、もしも彼の恐れが本当なら、彼らは死ぬことに決めた。384
 こうして両軍は前進し、それぞれが同じ激しい情熱を吹き込まれた、一方は王位から逃れようと、他方は王位を手にしようと。武器を握るこれらの手のおかげで、九百年が過ぎようとも、(ローマは?)戦から自由になるであろう。このマルスの技は、未だ生まれない民族をも破壊してゆくだろう。生まれるべき時を奪い、この世にやってくる世代の男たちを滅ぼした。そうしてすべてのラテン民族は伝説的な名前となろう。廃墟は砂埃にまみれ、ガビイの、ウェイイの、コラの場所を導くこともほとんどできなくなるだろうし、アルバの家やラウレントゥムの居住地も―人口の激減した国家、そこには彼らの嫌悪するヌマの法律によって一夜をそこで過ごすことを強いられた元老員議員を除けば、誰も住まない。この破壊をもたらし過去の記念物を崩壊させてゆくのは、時間ではない。これらの人の住まない都市に、我々は内乱の罪を見るのである。人種の数はどれだけ減っただろう! この地に生まれたすべての人々は、都市や国家のための住民を生み出すことができない。我々の一つの都市が、それをする。イタリアの農地は鎖につながれた労働者に耕されている。古代の屋根は腐って崩れんとするが、誰もその下に住まない。ローマは市民が住んでいるのではなく、引き上げてきた人々が群がっているのであり、我々は、多くの同居人のせいでローマをこれほど低く沈めてしまったのであり、内乱が、それをもう不可能にしてしまった。ファルサリアはこれほどの悪の原因である。カンナエとアッリアという死んだ名前は、昔からローマの暦を呪っていたが、それをファルサリアに譲る。ローマはより明らかな不幸の日付を記録したが、これを無視することにした。残酷な運命よ! 吸い込むと破滅をもたらす空気、伝染する病気、荒れ狂う飢餓、街々は炎に飲み込まれ、人であふれる都市を破滅に導く地震が―これらすべては、運命があらゆる方向から連れてきた男たちによって満たされただろう、彼らに示すと同時に長い世代の贈り物を奪い取り、民族と指導者たちを戦場へと配置したことで。これらを通して運命は、ローマよ、あなたを滅ぼすのを見せることを求めていた、何という偉大なことが降りかかったかを。どんな都市がこれまでに、これ以上の広大な支配を保有し、成功を繰り返してこれ以上に素早く広がっただろうか? ひとつひとつの戦があなたに民族を加え、太陽は毎年、両極へ向けてあなたがが前進してゆくのを見た。東方の一部は除くが、あなたのために夜は、あなたのために日中ずっと、あなたのために天空が回り、その進路にある星々はローマの以外に何も見なかった。しかしエーマティアの運命的な日はその運命を逆転させ、過去のすべてのことを元に戻した。血にまみれた戦場のおかげで、インドはローマの儀仗を恐れず、ローマの執政官がダハエの遊牧民を引き留めて都市に住まわせることも、服を輪にしてサルマティアで鋤を引くこともない。パルティアが我々に厳格な報いを負っているのも、内乱によって追放された自由がティグリスやローヌを越えて退却して、もう戻らないのも、ファルサリアのせいである。自由はしばしば我々が殺戮をしてまで求められたが、彼女は遠くに迷い込む、ゲルマン人やスキュティア人のよいことに、しかし決してイタリアにその目を注がない。我らの人民が彼女のことをずっと知らずにいればよかった。ロムルスが左手にハゲワシが飛んだために都市を立て、悪名高い森林から壁を巡らせ植民して以来、ファルサリアの破滅に至るまで、ローマよ、お前は奴隷奉公でもしていればよかったのだ。運命よ、私は嘆く、ブルートゥス一族のことを。なぜ我々は法のある国家の時代や、執政官から名前を取った年月を持たないのか? アラブ人やメデス人、東方の民族は幸運である、運命は彼らを独裁者のもとにとどめているから。王に耐えるすべての人民のうちで、我々がもっともひどい、我々は奴隷奉公することを恥ずかしいと思うから。我々には支配するどんな神もいない、愚かにも我々はユッピテルが支配すると思いこんでいるが、盲目の運命が世界を押し流すのである。(ユッピテルは)他の天空からテッサリアの殺戮を見つめるのだろうか、雷光を持って? 実際、彼はフォロイとオイタで火を求め、ミマスの松の木とロドペの無垢な森林で、そしてカッシウスは彼よりも、カエサルを打ち倒すのか? 彼はテュエステースに夜を運び、アルゴスに早すぎる暗闇の刑を宣告した。それでは彼は、兄弟や父によってふるわれた剣に似たこれほど多くの罪を見るテッサリアに日光を認めるというのか? 人の運命はいかなる神にも見通されない。 この惨事のために我々は恨みがあるのだ、どれだけ神々が死すべき者に満足を与えようとも。内乱は、死んだカエサルらをこのような神に並ぶ者にするだろう。そしてローマは死者を電光と光輪と星座で飾り、神々の神殿でそれら幽霊にかけて誓うことになろう。459

M. Annaeus Lucanus, De Bello Civili, 7.1-213
Category:卒論

M. Annaeus Lucanus, De Bello Civili, 7.1-213

ctime: 07/10/15(Mon) 0:06
永久の法が呼ぶよりもゆるりとして、悲しみを称えた日が海からのぼる、馬を天の革命に対した時よりも激しく駆って、進路を逆に進ませようとして、天が彼を引き回すのに。かすかに日食を受けて、光を失う痛みを受けて、雲を彼の方へ引っ張った、炎を養うためではなく、テッサリアの域で汚れなきまま輝くのを避けるため。
 この夜は、マグヌスの人生における幸せの終わりであるが、虚ろな似姿を使って眠りで惑わした。彼は自らの劇場に座っており、ローマの数え切れない群衆を目にした。そして彼の名前が彼らの歓喜の叫びの下で空に持ち上げられ、同時にすべての階級が賞賛の宣言を競い合った。人々の様子と大きな喝采はこのようであり、遠くの少年時代、彼の最初の凱旋式の当時は。つまり彼は流れの速いヒベルス川に囲まれた部族を征服し、セルトリウスがゲリラ戦で投入していたあらゆる軍隊を負かした。彼は西方に平和をもたらし、トガをまとう者と等しいほど尊敬に値する純粋さで、元老院議員から歓呼を受け、ローマ騎士としてここに座っている。おそらく、栄光の終わりには魂が、今は問題に悩まされているが、幸せだった時に逃れるのだろう。おそらく眠りは間接的に、それが習慣であるから、夢に反することを予想して、大きな嘆きを予告したのであろう。もしくは運命は、彼が祖国を再び見ることはないと定まっていたからこそ、こうしてローマを彼の前に持ってきたのだろう。眠りを破るな、宿営の見張りよ、耳をいかなるラッパでも打たすな。明日は眠りがつきまとわれよう、この日の幻に悲しまされ、運命的な戦場以外は現れぬだろう、戦のほかには。どうすれば人々は幸福な夜を、彼のような眠りを持てるだろうか? ああ幸運だ、彼が愛したローマは、彼を夢でさえ見たのなら! マグヌスよ、一夜に、少なくとも神々はお前と国家を認め、その時に、どちらからも、未来への十分な知識とともに、互いへの偉大な愛の喜びを奪っていったのかもしれない。彼は前へ進む、自分がローマで死ぬ運命にあると信じて。そしてローマは、お前のために祈っていたローマの祈願者がいつも気づいていたことを知りつつ、この恐怖が運命の書に書かれていたことを信じまいとする―こうしてローマは愛したマグヌスの死に場さえも失うのである。老いも若きも、悲嘆を混ぜ、彼のために嘆くだろう、子供でさえ強いられずに。女の群れが髪を垂らし胸を引き裂こう、ブルートゥスが葬られた時のように。また、今や男たちは暴君の武器を恐れ、カエサル自身もお前の(ポンペイウスの)死を知らせるが、涙を流すだろう、香と月桂冠の輪を雷光の神に持ってゆく間でさえ。
 ああ不幸である、うめき声が悲しみを飲み込み、混み合う劇場でみな一緒にポンペイウスのために嘆くことのできない者は。44.
太陽は星を制していた、軍人が乱雑な不平とともに荒れ狂い、戦の合図を求めた時に。運命は世界を破壊へ引き立てていた。この不幸な群れのほとんどは、この日が過ぎるのを見る運命にはなかった。しかし指導者の宿営のそばで群れてつぶやくのである。熱情と大きな無秩序の中で、彼らは急いで差し迫った死の時へ近づく。恐ろしい熱狂が彼らを覆っているのである。おのおのが自らの運命と祖国の運命へ急ごうとはやっている。彼らはポンペイウスを、のろまで臆病で親族には甘いと呼ばわる。彼はそそのかされたと、彼らは言う、世界の支配に。彼は四方からやってきたこれほど多くの国家を、自らの支配に従わせたいと思っている、そして彼は平和を恐れている、と。東の王と民族もまた戦役が長引きすぎて、祖国から遠く離れて引き留められていると不平を言っていた。優れたものよ、すべてを滅ぼすことがあなたの決めた意図であるとき、ただ我々の過ちに罪を加えることがあなた方を喜ばせるのでしょうか? 我々は災難へとなだれ落ち、自らを滅ぼす戦を求めて叫ぶ。そしてポンペイウスの宿営ではファルサリアへ祈っている。大勢の抵抗の声はローマの雄弁たるトゥッリウスによって運ばれた、彼の法とトガの下で、野蛮なカティリーナは平和の斧を恐れたのである。演壇とフォルムを求めつつも、これほど長く従軍によって口止めされ、彼は戦を憎んだ。彼の雄弁は声にならない主張に力を与えた。67.
「運命が与えた好意すべての返礼として、ひとつだけ、マグヌスよ、運命は望んでいる。恥を忍んでその役に立つことを。そして我々は、あなたの軍隊の主要な人々は、そしてあなたが作った諸王は、全世界と一緒に跪いて、義理の父を制することに同意するように、脚にすがって願っているのだ。カエサルはずっと人類への戦を仕掛けた原因であっただろう? あなたが征服した民族は、以前は負かすのを急いでいたのだから、あなたのその遅さに腹を立てる権利がある。あなたの熱心な迅速さに何が起こったのか、それともあなたの星の確信に? あなたは恩知らずにも天の配剤を疑うほどの者であるのか? 神々についての元老院の立場(原因?)を信じるのをためらうのか? 軍人は、彼らの説明によれば、あなたの軍旗を奪い取って突撃するつもりだ。あなたは、あなたに強いられた勝利を恥じるべきだ。もしも我々があなたに導くように指名するなら、もしも戦が我々の利益のために起こされるなら、あなたは男たちに望む場所ならどこへでも戦うために去らせよ。なぜカエサルの喉元から、いかなる人類の持つ剣を遠ざけるのか? 武器は振り回され、ほとんど誰もが、遅れている合図を待つことができないのだ。急げ、さもなくばあなたのラッパであなたを残して去らせよう。元老院議員はこのことを知ることを歓迎しよう、マグヌスよ、彼らが軍隊として従うか、それとも同行者としてか」85
指揮官は嘆いた。彼は神々が彼に誤ったことをしていると、また運命が彼の目的を潰えさせていると感じていた。彼は言った。「もしもこれがみなの容貌なら、そしてこの危機が私を必要とするなら、指揮官としてではなく一兵士としてであるが、もう破滅を寄せ付けよう。運命は一度の転覆で人民を押しつぶすがいい、そして向こうの光が人類のうち半分にとって最後にするがいい。ローマに誓って、マグヌスが、これによって世界を破滅させるような、この日を受け入れたことを証言しよう。戦の苦労はローマには、いかなる血でもあがなえないだろう。私はカエサルに無血勝利をして捕虜として彼を捕らえ、彼が破った平和(体制)に引き渡したかった。盲目よ、なんたる罪深き狂気だ! 内乱を起こそうとした男らは本当に無血の勝利を得られないかと心配しているのだ。我々は大地を敵からもぎ取り、海からも全く追い出した。我々は彼の飢えた兵士たちに、実る前の小麦を盗ませた。我々は彼に、むしろ剣によって死んで、彼の兵士の身体と自らのとを混ぜ合わせるようにと祈らせた。戦略によって、私の新兵が戦に恐れを感じなかったおかげで、この会戦はすでに半分勝っているのだ、もしも実際に、勇敢さへの刺激と好戦的な情熱が彼らに行動の合図を要請させたのならば。しかし多くの者は、来たる危険への恐れのみによって最大の危機へ駆られているのである。彼(カエサル?)は確かに勇敢であり、もしも試練が近く向かっているのならば耐えるにも素早く、待たせようとすることにも素早い。彼のそれは、我々の順調である現状を変えて手渡すことによって解決されるし、剣に世界の惨劇を決めさせることでもそうなる。運命は私に統治すべきローマ人を与えたのだ。私は、受け取ったよりも今や偉大にして返そう、そしてローマを戦の喧噪の中で守るべく、運命に訴えるのである。この戦いの行動は非難も栄光も私にはもたらさないだろう。天の法廷では、カエサルの悪への祈願者(悪の肩を持つ者)は私に勝ろうし、そこでは戦もあろう。どれだけの罪を、どれだけの苦痛を、この日は人民にもたらすのだ! どれだけの王位がひっくり返るだろうか! エニペウス川はローマ人の血でどれほど暗くなろうか! 決定的なこの戦で放たれた最初の軽槍が私の頭を打てばいいのに、もしもこのことの影響なく我々の目的が破壊されないで頭が落ちるなら。というのも私にとっては勝利は敗北と同様に、歓迎されるものではないからだ。この日の殺戮が完了した時、ポンペイウスという名前は世界にとって憎みも嘆きもされる者となるだろう。征服された者の災難のすべて、そのうち最大のことを嘆きが運ぶだろう、すべての不吉は勝者のものである」123
これらの言葉とともに彼は人民に武装を許し、取り乱した熱情に放縦を与えたが、そのようにして船乗りが突発的な怒りに屈して、彼の技術を全く役立てず、風に操縦を任せてしまう、そしてそれに押し流され、荷物が恥ずべき破滅に陥ってしまうのである。宿営は性急さと無秩序の混乱で活気づき、荒々しい心臓が、突然のことにそれらを含む胸に対して脈打つ。来たる死の淡い(青白い)旗が多くの顔に表れ、その容貌はまさに破滅を写したものであった。みなに、永遠に人類の運命を決めるに違いない日がやってきたこと、そしてこのマルスの技(戦)によって、ローマがどうなるかが求められていることは明らかであった。ここの男は個人的な危険を無視し、より強大な恐れにぞっとする。海に覆われた海岸と山頂に届く波を見た、大地に降り注ぐ空やその場から逃げ出す太陽を見た者が、自分勝手な恐れを持ちながらこれほど広い破壊を見ることができようか? 男たちの魂は自らの恐れに心休まらず、ローマとマグヌスを心配する。兵士たちは剣に何の信もおかず、突く場所が砥石ですられたのでなければ。あらゆる槍は石に研がれすぎて、弓はよりよい弦が張られ、矢筒は選ばれた矢で満ちるように注意が払われていた。騎兵は拍車を大きくして、くつわの革紐をきつくした。それでも、もし男たちの活動と神々のそれとを比較することが許されるならば、フレグラが荒れ狂う巨人を持ち上げた時、マルスの剣がエトナの金床で打たれたようである。ネプトゥヌスの三つ叉の矛が二度も炎に輝くよう、アポロがピュトンの輪を解いた矢を再び精錬するするように、パラス(アテナ)がアイギスでゴルゴンの髪をすべて散らしたように、キュクロペスがユッピテルのためにパッレネで使う新たな雷光を作ったように。150
 それでも運命は様々な証をもって未来を覆うことをやめなかった。テッサリアのために軍隊が編成されたときに、空全体が進軍に敵対した。顔に雨を、巨大な火柱を、水を吸い上げる旋風を、火の玉と一緒に、投げかけるのである。稲妻を落とし、目を閉じさせた。それは兜の羽飾りを打ち、剣の鞘を溶けた刃で満たし、投げ槍を握りから切り離して溶かした。そして罪深き剣は空の硫黄でくすぶった。軍旗は大地から抜き取ることがほとんどできなくなって、増してゆく重みに軍旗持ちは頭を垂れる。彼らは涙を流す―ファルサリアの時に至るまで彼らはローマと共同体に属していたのである。犠牲式のために引かれる雄牛は、祭壇をぶちこわして逃れ、テッサリアの野へまっしぐらに駆けてゆく。そしてどの犠牲も不吉な儀礼のために入り用ではなかった。(しかしカエサルよ、どんな邪悪な力を、どんな儀式で、エウメニデスらに祈ったのか? どんなステュクスの王国の神、どんな地獄の不吉、どんな狂気が薄闇に覆われていたのか? 残酷にもこれほどの不敬な戦を起こすつもりのお前がよい神託を受けたのか?)今や(疑わしい、男たちが神の前兆を、それとも自らの過度の恐怖を信じたとは)、しかし多くの者は彼らがオリュンポスに触れるピンドゥスを、険しい谷間に沈むハエムスを見たとも信じている、ファルサリアが夜に戦の喧噪を送り出したのと同時に、そして血の激流がオッサのそばのボエベイス湖にまで広がったのと同時に。男たちは暗闇に覆われた互いの顔を驚きをもって見つめ、光の薄暗さに、兜を静かに覆う暗黒に、目の前であっちこっちに動く亡霊に―すでに死した夫婦の亡霊、近親の亡霊に驚くのである。しかし彼らの魂はひとつのこのなぐさめを持っていた。すなわち敵、自らが不吉を犯そうというのに気づき、父ののど笛や兄弟の胸を貫こうと願い、不吉な前兆に喜びを見いだし、精神の興奮と急に起こる狂気が罪の実現を予兆していた。184
 もしも不幸を予言する力が人類に与えられていたら、恐慌に満ちた最後の日がすぐそこにある者はどれほど驚くだろうか? 彼がテュロスのガデスに滞在するかアルメニアのアラクセースに着いた(アラクセースの水を飲んだ)としても、彼の罪や彼がその下に住む天の星がどうあろうと―あらゆるローマ人は悲嘆に暮れ、理由も知らず自らを悲しさ故に叱る。というのも彼は今エーマティアの地でどのような損失を被るか知らないから。もしも物語をする者が信じられるならば、鳥卜官がこの日エウガネアの丘に座っており、そこはアポヌスという大地から煙を上げる泉(温泉?)とアンテノルの川であるティマウスが水路に分かれるところであるが、「決定的な日(天下分け目の日・天王山)がやってきたぞ、大戦争が行われているのだ」と言い、「ポンペイウス軍とカエサル軍が異様な衝突をするぞ」と。彼は雷とユッピテルの警告の電光を見たか、それとも天空と両極(北極と南極)が戦っている空で抗争中であったか、それとも天空で悲しんでいる神が戦を薄暗さと隠れた太陽によって示したのか。少なくとも自然がファルサリアの日を、太陽の現れた他の日とは異なるようにと通り過ぎさせたことは確かである。もしも人間の知性が、技能を持った鳥卜官によって、天のすべての奇妙な証を観察したならば、そうして戦が世界中から認められたであろう。なんとこの男たちの偉大なことか、彼らの運命は世界中に告知され、彼らの運命に天空は親切であることか! 後の世代や子孫の間でさえ、これらの出来事は、自らの栄光のみが不滅にしているのか、それとも私も、この苦労と学習とによって、何か有名な者たちに貢献できるのか、希望と恐れとを一緒にかき立てて役に立たない祈願者をもかきたてるであろうか、この戦物語が読まれるときには。そしてすべての男たちは、悲劇を読んだかのように、まだそのことが起こり過去のことではないかのように、魅了されよう。そして皆が今でもお前の、マグヌスの側につこう。213

07/10/07(Sun)

Category:卒論

Suetonius, The Lives of The Caesars, Caesar

ctime: 07/10/07(Sun) 23:36
スエトニウスのカエサル伝を、ちょっと翻訳。
……やってみてから実感したけど、すでに邦訳のある本を自分で翻訳しようとすると、なんだかやる気がなくなってしまう。
何より二番煎じになってしまうし、邦訳なら当然学者の方が圧倒的に優れているわけだから。卒論に使うなら翻訳から引用すればいいわけだし……。

35.1 そこから都へ戻って、彼はマケドニアへ渡ったが、ポンペイウスをほぼ四ヶ月、長大な防壁に閉じこめて、最後にはファルサルスの戦で破って、アレクサンドリアへ逃れる彼を追撃し、彼が殺されたことを知ったために、プトレマイオス王に対して、というのも彼自身によって計略が企てられたように思われたので、実際は非常に困難であった戦を起こしたのであるが、場所においても時間においても優位ではなく、冬の季節であり、防壁の中で、よく整えられて熟練した敵と(戦うことになり)、自らはすべての下に欠乏しており準備もしていなかったが(戦ったのである)。彼は勝者としてエジプトの王位をクレオパトラと彼女の弟に送り、属州を作ることを恐れて、つまり、いつかより残酷な者が守護者として(君臨して)新たな問題を生むことがないように。

36. すべての内乱のうちで、自らの軍団長によるものを除いては、一度も敗北を喫したことがないが、それらのうちガイウス・クリオはアフリカで死に、ガイウス・アントニウスはイリュリアで敵の手のもとに至り、プブリウス・ドラベッラは同じイリュリアで艦隊を失い、グナエウス・ドミティウス・カルウィヌスはポントスで軍隊を失った。カエサル自身は常に非常に運がよく、二度を除いては、決して危うい巡り合わせのもとに戦うことがなかった。一度はデュラッキウムにおいてのこと、そこで彼は破られたが、急がないポンペイウスに、彼は勝つことを知っていないと言った、二度目はヒスパニアでの最後の戦において、絶望的な状態に置かれて自殺を決めようかと考えさえした。

07/10/05(Fri)

Category:卒論

邦訳リスト

ctime: 07/10/05(Fri) 15:48
Lucius Annaeus Florus, 2.13
Appianos(Rho^maika, Emphulio^n) 2.57-82
Marcus Annaeus Lucanus, De Bello Civili, 4.402-581, 6.118-262, 7.460-872
Titus Livius, Ab Urbe Condita, 109-112
Cassius Dio Cocceianus, Roman History, 41.48-63

このあたりが、この随筆で実際に邦訳した主なリスト。他に小さいものがいくらかあるけど。

そしてPaulyから、DyrrachiumとPharsalusに関するリスト。
Dyrrhachium
Caes.3.30,7 41-72. Plut.Caes.39; Pomp.65. Appian.2.60-62. Dio.51.50. Flor.2.13,38-40. Vell.2.51. Suet.68,2. Lucan.6. Zonar.10.8
Pharsalus
Caes.3.75-99. Appian.2.64-82. Dio.41.51-63. Plut.Caes.40-46; Pomp.66-73. Liv.per.111. Vell.2.52. Flor.2.13,42-51. Lucan.6.314-7.872. Polyaen.8.23,14.25.29. Frontin.strat.2.3,22. 4.7,32. Oros.6.15,22-27. Eutrop.6.20,4. Zonar.10.9. Suet.30,4.35,1.75,2 Cic.Lig.19. Deiot.33f. Plin.7.94. Seneca de ira 2.23,4
Category:卒論

Cassius Dio Cocceianus, Roman History, 41.57-63

ctime: 07/10/05(Fri) 14:57
48-56はこちら。
Cassius Dio Cocceianus,Roman History, 16.48-56(重訳)

57. 従って彼らは兵士たちに多くの説教をもした、しかしどちらも全く同じように、差し迫った戦の結果と後の結果ともに関して、このような場合に言われるのがふさわしいことすべてを言った。彼らがどちらも同じ都市の出であり同じ問題について話し合って互いを僭主と呼び、自らを、演説した相手の専制からの解放者と呼び、彼らはそれぞれの側で言うことに何も違いはなかった。しかし一方は何もかも失う側であり、他方は救われる側であり、一方は捕虜となり、他方は主人となる運命を満喫し、何もかもを持つか何もかもを奪われるか、もっとも恐ろしい運命を被るか押しつけるかである。市民たちにそのような説教をして、その上、よりよい運命への期待と悪いことへの恐れを臣下と同盟軍に吹き込もうとして、彼らは互いに近親を、同じ陣営を共有した者を、同じテーブルを囲い、同じ神酒を捧げた者をひどくけなした。なぜ誰が、これらその指導者が戦った時に、巻き込まれた他の者の運命を嘆くべきであろうか、あの者たちは互いに上記すべての通りの者であり、そのうえ多くの秘密の言葉と似た功績を共有した者であり、結婚の絆がかつてつないだ者であり、またその子供を、一方は父として、他方は祖父として愛した者であるというのに?
※oduraito(opt.)-emachonto(opt.)
※ontes,kekoino^ne^kotes,sunapsamenoi,agape^santes(part.)
この、自然が血を混ぜることによって彼らを共に縛った絆すべてが、今や、彼らのどん欲な力の輝きに導かれ、彼らを破り、引き裂き、別々に分裂させようと急いだ。これらのためにローマは自らを守るために、また自らを相手して戦うように強いられていた、そうして万一栄光に輝くローマが負かされるとしても。
58. 彼らが参加した戦はこのようなものであった。彼らはまだすぐには近い場所に来ることはなかった。同じ共和国に生まれ同じ暖炉から生まれ、ほとんど同一の武器と似通った陣形で、それぞれの側が戦をはじめるのを尻込みし、誰かを殺すことにも尻込みした。誰もが、全く前進も移動もせず、しかし頭はかがめて動かずに立っていた。それはあたかも命がないかのようであった。それゆえ、カエサルとポンペイウスは、彼らが黙っているともう敵意が減ってしまうのではないかと、また和解さえしてしまうのではないかと考え、急いでトランペット持ちには合図を出すように、兵士たちには一斉にときの声を上げるように命じた。二つの命令は実行されたが、戦士は勇気を吹き込まれるにはほど遠く、トランペット持ちの合図の音には同じ音程を出し、彼ら自身の叫びには同じ言葉(言語)で声を上げるが、彼らは同じ人種の連帯感を示し、これまで以上に血縁関係をさらけだし、涙をこぼして悲しむまでになった。しかし長い時間の後で、同盟軍が戦闘を始めると、残りも参戦し、彼らがしていたことに正しくも我を忘れた。
59. 遠距離で戦っていた者たちは、この恐怖にはやや鈍感であった、彼らは矢を放ち、槍を投げ、誰に当たるか知らずに投石を放っていたから。しかし重装歩兵と騎兵はそこで非常にひどい目にあった。彼らは互いに接近しており、あちこちで話すことさえできたからである。あるところで同時に、彼らは正面に立つ者を認め、彼らを傷つけ、彼らを名前で呼んで殺し、生まれた都市の名前を呼び、身ぐるみをはぐだろう。彼らが互いにどこで会おうが、ローマ人によって、またローマ人とともにいてイタリアから来た者によって、なされも被りもした行いとはこのようなものである。多くの者が、まさに自分を殺す者を通して伝言を家に送った。しかし臣民軍(被征服者の軍)は熱狂的にかつ絶え間なく戦った。偉大な熱意を示しながら、かつては自らの自由を勝ち取るために、今ではローマ人の奴隷身分を守るために。彼らは、すべての点で彼らに対する劣等性を減らされたので、友人に持つ奴隷として彼らを持ちたがっていた。
60. それゆえにこれはとても激しい戦であり、多様な出来事にあふれた戦であった。大部分は言われた理由のため、また数と軍事力(武装)の幅広さのためである。重装歩兵の大群があり、大量の騎兵があり、ほかのグループには射手と未だ投石兵があり、そのため彼らは平原中を埋めて、そこを覆い、彼らはしばしば互いに、同じ武器をまとっていたので戦いあい、しばしば無差別に違った武装を持つ者と戦ったのである。ポンペイウス側は騎兵と射手にまさっていた。そのため彼らは兵士を遠くから囲み、奇襲をかけて、敵を混乱に放り込んでから後退する。そして彼らは繰り返し攻撃するのである。ある時はこちら側に回って、またある時は反対側に回って、と。カエサル側は、それゆえ、これに対して防御を取り、円を描いて回ることで常に攻撃軍に正面から対しようとして、彼らが近くまで来た時に争いの激しさで人も馬も捕らえた。軽装歩兵はまさにこの目的のために騎兵に近づけられていたからである。そして、私が言うように、このことが、一箇所ではなく、一度に多くの場所で、あたりに広がって行われると、あるところではいくらかの争いと共に遠くで、ほかのところでは近くで戦い、ある集団は敵を負かしあの集団は貫かれ、ある分遣隊は逃れ、ほかのところでは追いなどと、多くの歩兵戦が、また多くの騎兵戦が見られた(inf)。
※eipon- "tauta horasthai"→「このことが見られると、私は言った」
その間に多くの信じがたいことが起こった。ある者がほかのものを追い散らした後、自ら逃げ出してしまったと、また敵を避けていた別の者が、逆に敵に襲いかかったという。ほかのものを殺した兵士が自らを傷つけ、別の、すでに倒された兵士が、彼の前に立って見下ろした兵士を殺したという。多くの者が傷つけられることなく死に、多くの者が半死のままで殺し続けた。あるものは喜びパイアーンを歌った、ほかの者が嘆いて悲嘆の声をあげている間に、そうしてすべての場所が叫びと嘆きに満ちた。大多数はこの事実に混乱に陥れられ、というのも、民族と言語の混乱のために、言われたことが彼らには訳が分からなかったからであるが、そして大いに彼らに警告した、そして互いに(その意味が)わかった者は何倍も悪い不幸を味わった。というのも自らの不幸に加え、隣人の不幸をも聞くと同時に見ることができたからである。

61. 終わりには、彼らが均衡のとれた戦をとても長い間続け、双方に多くの人間が同じように死に、傷を受けた後で、ポンペイウスは、彼の軍隊の大部分がアシア人で未訓練であったので、敗北した、彼にはそれが行動の前に明白であったが。雷光が彼の宿営に落ちたので、火がカエサルの宿営を覆って空に現れ、後に自らのにもふりかかった。蜂が彼の軍旗の周りに群れて動き、祭壇のそばに集められた後で、多くの犠牲獣が逃げてしまった。そして残りの人類にまで広がったこの競争の影響はとても大きく、まさに戦があったこの日に、多くの場所で軍隊の衝突と武器の鳴り響きが起こったのである。ペルガモンでは太鼓とシンバルの響きがディオニュソス神殿から起こり都市中に広がった。トラッレスでは椰子の木がウィクトリア神殿から生え、女神像は彼女のそばに立つカエサルの像に自らを向けた。シュリアでは二人の若者が戦の結果を知らせて消えた。そしてパタウィウムでは、今はイタリアに属しているが当時はまだガリアの一部であったが、数羽の鳥がその知らせを持ってきただけではなく、方向を示しさえした。ガイウス・コルネリウスという者がこれらの行動から起こったことすべての正確な情報を得たので、それを見物人に語った。これらのいくらかのことはまさにその同じ日に起こり、彼らは、不自然ではないが、その時は信じなかったであったが、実際に起こったことの知らせがもたらされると、それに驚いた。
62. その場所で殺されなかったポンペイウスの従者のうち何人かは逃れられるところならどこへでも逃れ、あるものは後に(捕らえられた/降伏した:欠文)。彼らのうち戦列の兵士であった者はカエサルが自らの軍団に加え、カエサルはいかなる憤慨も表さなかった。しかし元老院議員と騎士たちのうち、彼は以前に捕らえて許した者らをみな死へと追いやったが、カエサルの友人が頼んだ者らは除いた。彼はこのとき友人たちに一人ずつ救うことを許していたから。そして、はじめて彼と戦った残りの人間を彼は解放した、こう言って、「彼らにとってポンペイウスは友人であるが、本気であった彼らは何も私に誤ったことをしていない。彼らは私から何も好意を受けていない」と。彼がポンペイウスを支援した王子や人民にも、同じ態度をとった。彼は彼らをみな許した、彼は自ら誰も、またはほとんど誰も知らなかった、彼らはこれまでカエサルの敵から多くの好意をえてきたのに。実際彼は、彼らを、ポンペイウスから好意を受け取った後で彼を危険のただ中に追放した者たちよりも遙かに多く称えた。彼が都合よく期待することのできた前者は、彼にも好意が向くことを当然期待することができた、しかし後者については、どれだけ熱心に彼らが何もかもで彼を喜ばせるつもりであっても、カエサルは、彼らがこの危機に友人(ポンペイウス)を裏切った限り、今や自分をも助けないだろうと信じた。
63. 彼の感覚の証明は彼がトラキア人サダルスとガラティア人デイオタルスを、彼らは戦に参加していたが、またタルコンディモトスを、彼はキリキア属州(の領土)の支配者であってポンペイウスに船のことに関して最も大きな支援をしていたが、彼らを許したことであった。しかし援軍を送った残りの者たちを、彼らをも金を取り上げるだけでカエサルは許したが、数え上げることに何の意義があろうか? 彼は彼らにほかには何もせず何も取らなかった、多くはポンペイウスから、ある者は昔に、ある者はちょうどこの時に、無数の大きな贈り物を受け取っていたというのに。彼はデイオタルスに属していたアルメニアの領土の一部をカッパドキア王のアリオバルザネスに与え、これにカエサルはデイオタルスをもう全く傷つけることなく、彼には遙かに多いさらなる好意を送った。彼は領域を縮めなかったのである。しかしカエサルが、前にファルナケースが保有していたアルメニアの全部を掌握した後は、その一部をアリオバルザネスに譲りほかの部分をデイオタルスに譲った。そして、この者たちを、彼はこのように扱った。彼の側のファルナケースは、自分がポンペイウスを援助しておらず、したがって振る舞いの観点から、許しを受けるに値すると嘆願をした。しかしカエサルはその点にいかなる考慮も見せず、そのうえに彼をまさにこの点で叱責した、つまり彼が自ら、自分は恩人に対して利己的であり無礼であると証明した、と。そのような人間性と高潔さを、彼は彼に対して戦った者すべてに見せた。ともかく、ポンペイウスの金庫の中から綴じられて見つかった、善意を持ついかなる者たちをも後者か自らへの悪意を持つ者であると証明するようなすべての手紙は、彼は読みも複製しもせず、すぐに焼いた、その中に何があったかということによって厳格な基準を採用することを強いられぬように。そしてこの理由のため、もしかしたら、人は彼に対して陰謀を抱いた人々を憎むかもしれない。私はこの言葉を特別な目的で書いた。マルクス・ブルートゥス・カエピオが、後で彼を殺すことになるが、彼がカエサルに捕らえられて許されたただ一人の者ではないからである。
Category:卒論

メモ

ctime: 07/10/05(Fri) 14:27
Category:卒論

Velleius Paterculus, Histriarum Libri Duo, 2.51-52

ctime: 07/10/05(Fri) 14:03
ウェッレイウス・パテルクルスも翻訳してみました。前半部はラテン語中心に、後半部はくじけて英語中心に訳出しています。
構造をパッと見た感じでも、やはり後世の歴史家とは違う、古典ラテン語独特の、まるで餅米の米粒を見分けるような難解さがあります。だから忠実に訳出しようとしても、手が止まってしまうのです。

テクストは、"Compendium of Roman history / Velleius Paterculus . Res gestae divi Augusti", Frederick W. Shipley (tr.), 1967(1st. 1924), Harvard University Press, Loeb Classical Library 152。Teubnerも出ているようですが、大学にはありません。

次の年に、デュラッキウムとその都市の周辺地域がポンペイウスの陣営で占められていた時、彼はすべての海を越えた属州から軍団を呼んでおり、援軍の騎兵や歩兵も、王と属領主、ほかの支配者も、大量の軍隊を集めたが、彼が考えるには、海を海軍で閉ざし、それによってカエサルの軍団が渡ることをできなくなるだろうと。しかしガイウス・カエサルはいつも通りの素早さと運のおかげで、自らと軍隊が望む場所に船で着くことを妨げられず、直ちにポンペイウスの陣営に自らのを、くっつくほどに近づけて、さらにまた塹壕と防備によって、それを包囲した。しかし包囲している側の欠乏が包囲されている側のよりも深刻であった。そこでコルネリウス・バルブスはこの事態に対して、信じられない危険を冒して出発して敵の陣営に入って、何度か執政官レントゥルスと話し合い、どれだけで彼が裏切るかは疑わしかったが、このようなことが増えていって、道を開いたのである、すなわち、それによってヒスパニアの都市からの生まれではなく、生まれつきのヒスパニア人であるのに、凱旋式と最高審議官へ登りつめ、個人的な身分から執政官にされたのである。
この後に衝突が(運命の向きを変えながら?)続いたが、そのうちひとつは非常にポンペイウス側に有利な結果に終わり、これによってカエサルの軍隊はより激しく撃破されたのである。

そしてカエサルは軍隊とともに自らの勝利の運命をテッサリアに求めた。ポンペイウスは、他の者の助言にはかなりの隔たりがあったが、そのうちのほとんどがこう促した、イタリアに渡るようにと(ヘルクレースに誓って、これ以上に誰もがより好ましいものはなかった)、しかし他の者は戦を続けんとして、それは一部分の(彼が今持っている)名声によって、日を増すにつれてよりよいものとされたのだが、自らの衝動に従って敵を追うことを促した。
ファルサリアの戦と、これほど多くの血が双方ともに流された、ローマの名前にとって致命的であったこの殺戮の日のことを詳しく描写することはこの種の仕事に加えられた制限が認めないだろう。すなわち国家の両巨頭の間での武器の衝突、ローマ世界の二つの輝きのうち一つが消えたこと、ポンペイウス側のとても多くの高貴な男が殺されたことを。しかし、このことは記録されるべきである。ガイウス・カエサルがポンペイウス軍が破れたと見た時、彼はある命令を送ることを第一かつ主要な関心事とした。―もしも軍事的表現を使うならば、「助命する」ということを。不滅の神々よ! この慈悲深い男がブルートゥスへの親切のために後にどのような報いを受けたことか! この勝利について、これほど驚くべき、気高く、光栄あることはない、祖国が戦で倒れたいかなる市民の損失も嘆かなかったということよりも。しかし彼の寛恕の命令は敵の空しい強情によって空しくなった、勝者には敗者が受け入れるよりも多く、命の保証の用意があったというのに。
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